夢と妄想と空想のはざまで

ディテールは思い出せないんだけど
強盗系の犯罪をして、場所を転々としながら
逃走する夢をみた。
なんだか夢全体がとても息苦しい感情に支配されていて、
そうしたら、朝起きたら気分がとてもブルーだった。
しかし、しばらくして、
逃走犯になったならば抱くであろう感情を
virtual realityの中で
生まれてはじめて体験したことに気が付いて、
なんだかとても新鮮な気分になる。



ここ一週間ぐらい、ずっと
頭が自動発散モードで、妄想が止まらない・・。
いままではこの状態を楽しんでいたんだけれど、
最近、これは病的だなと思いはじめてきて、
ふと、このような発散した事態を収束させることが
できる人こそ真のプロフェッショナルなのではないか?
ということに気がつく。



それはそうとして、
今日は、post mixiのアイディアを思いついた。。


CNETで江島健太郎さんが、ウェブの展望を語っていて

Web 2.0の挑戦者:超軽快なウェブチャットLingr

 ウェブは実世界に近いものになってきています。これは文字通りの意味です。

 われわれは、ウェブがリアルタイムなものに変わっていくという展望を持っています。実世界と同じように、仮想空間の中を動き回ると、そこでは生放送のブログや絵を描くライブパフォーマンス、ジャムセッションなどが見られ、拍手のような観衆からの反応もリアルタイムに伝わる--そんなことが未来には可能になるだろうというのが、われわれの夢です。


と書いてあるのを読んで、
自分もこの方向は正しいと(今日)思った!


数年前、Nintendo64用に開発されていた
Mother3というゲームは、
プレーヤーのアクションによって
物語を自在に分岐させていくという野心的な計画
をもっていたんだけど、
作り込まなくてはならない物語の数が爆発的に
増えてしまって開発中止になった。


閉じたシステムのなかで、
無限に展開していく物語をつくるのは、
リエーターが物語を作り込まなくてはいけなくて、
工程数の爆発が起きてしまいとても難しい。


でも、ゲームという視点からみると、
mixiは、実は、
リエーターが作りこむことなしに、
ネットという開いたシステムの性質を利用して
自然に人と人の出会いやコミュニケーションが
生成されつづける、初めての
「終わりのないゲーム」とみなせるのではないか?


仮想空間で閉じていたゲームが、いつのまにか
現実のエンドレスな世界に接続してしまっている。


開いたシステムであるウェブが
どんどんリアル・現実に近づくということ


問題はその先になにがあるのか?ということで、


その先を


脳科学×コミュニケーション×物語×遊び


の視点で眺めると、なんだかたくさんの
おもしろい切り口があるきがする!!